神戸・北野の、石畳の坂道を少し入ったところに、古い洋館を改装した囲碁クラブがあります。週のうち月曜と木曜の午後、六十二歳の健太郎さんは、決まってそこに通われていました。
三年前に離婚されたばかりの頃は、家に一人でいる時間が、空洞のように感じられたそうです。定年退職が近づき、仕事の予定が減る中で、「自分の午後」をどう過ごすかが、健太郎さんの大きな課題でした。昔の趣味だった囲碁を再開されたのは、お友達に誘われたことがきっかけでした。
月曜日の午後の、静かな定席
囲碁クラブには、六十代から八十代の方が十数人集われます。男性が多いですが、常連の女性も数名いらっしゃいます。その中の一人が、五十八歳の美和子さんでした。
美和子さんは小学校の先生を長く勤められ、五年前にご主人を亡くされた方でした。健太郎さんと初めて対局されたのは、クラブに通い始めて半年ほどたった頃のことです。席主の方が「健太郎さん、今日は美和子さんとどうですか」と声をかけられたのが、すべての始まりでした。
その日の対局は二時間続きました。健太郎さんが半目負けされたそうです。対局の後、美和子さんは静かに「またお願いします」とおっしゃっただけで、お互いの連絡先を交換されることもありませんでした。
囲碁という、言葉のいらない会話
健太郎さんは後に、「囲碁はね、言葉がいらないから、楽だったんです」とおっしゃいました。離婚直後、人と話すことが苦痛だった時期があったそうです。何を話しても、自分の失敗の証のように感じられてしまう。そんな時期に、碁盤の前にいる時間だけが、健太郎さんを解放してくれました。
美和子さんとの対局は、その後も週に一度のペースで続きました。三ヶ月、四ヶ月と続くうちに、お二人は対局の後に、クラブ近くの小さな喫茶店で三十分だけお茶を飲まれるようになりました。
会話は、碁のことが中心でした。「さっきの三十七手目、あれは迷いましたね」。そんな振り返りの中に、少しずつ、それぞれの人生のかけらが混じっていくようになりました。
離婚の話を、いつ、どう話したか
健太郎さんが離婚の経緯を美和子さんにお話しされたのは、知り合って半年ほどたった冬のことでした。きっかけは、美和子さんが「ご家族は」と自然に尋ねられた一言でした。
健太郎さんは、「実は、三年前に離婚していて」と、短く事実だけを話されたそうです。理由も、元の奥様の悪口も、一切口にされませんでした。美和子さんは静かにうなずかれ、ご自身もご主人を亡くされていることを、同じように短く話されました。
「ここで、どちらも悲劇の物語にしなかったのが、よかったのかもしれません」。健太郎さんは後にそう振り返られました。
成人したお子さまのこと
健太郎さんには、ご長男とご長女の二人のお子さまがいらっしゃいます。離婚時、お二人ともすでに結婚されていましたが、お父様の再出発については、ご長女の反応の方が複雑でした。
「お父さん、もう一人で気ままにやればいいじゃない」という言葉の裏に、お母様への心配と、新しい女性への警戒がありました。健太郎さんは、美和子さんとの関係について、ご長女には半年たってから初めて話されました。
「再婚するとか、同居するとか、そんな大きな話じゃないんだ。ただ、月曜日の午後に碁を打つ相手ができたんだよ」。この言い方が、ご長女の警戒心を少し和らげたそうです。
鎌倉への、日帰り旅
知り合って一年近くたった春、健太郎さんは美和子さんを鎌倉日帰り旅にお誘いされました。囲碁クラブの外で会うのは、その日が初めてでした。
円覚寺を歩き、北鎌倉で精進料理の昼食をとり、小町通りで抹茶と生菓子。会話は相変わらず静かで、沈黙も多い時間でした。帰りの横須賀線で、美和子さんがぽつりとおっしゃいました。「こんなにゆっくりした一日、何年ぶりでしょうね」。
健太郎さんは、返事の代わりに、少し笑われただけでした。この日を境に、お二人は月に一度、日帰り旅に出られるようになりました。
今の、お二人の距離
現在、健太郎さんと美和子さんは、結婚もされていなければ、同居もされていません。それぞれのご自宅があり、それぞれのお子さま・お孫さまとの時間があります。会うのは週に二度、月曜と木曜の囲碁クラブ。加えて、月に一度の日帰り旅。
「この距離が、今の私たちには一番いいんです」と健太郎さんはおっしゃいます。「もう少し若ければ、同居も考えたかもしれない。でも、六十を過ぎてからは、お互いが自分の家に帰れる夜があることが、ずっと大事になったんです」。
健太郎さんからの、一つの言葉
最後に、健太郎さんがぽつりとおっしゃった言葉を、そのままお伝えします。
「人生の後半は、情熱ではなく、静かさに似合う相手を探すものですね。大きな声で愛を語らなくても、月曜日の午後に同じ碁盤の前に座れる人がいる。それだけで、一週間が持つんです」。
派手な物語ではありません。月曜と木曜の、碁盤を挟んだ時間。けれどその静かさの中に、健太郎さんの人生の、穏やかな再出発がありました。